あわいに耳を澄ます

皆さんは、解決策が見つからず迷ってしまったとき、どのようにその時間を過ごしていますか。そんな時、考えても仕方がなくなり、少し“あいだ”をとることで、思いがけない方向が見えてきた経験はないでしょうか。

多くのリーダーの方々とご一緒していると、「シャワーを浴びているときに、ふっと答えが浮かんできた」「朝のランニングで、頭の中が整理され、悩んでいたことへの道がみつかった」などと、おっしゃる方がいらっしゃいます。考えようとしていない瞬間に、内側のどこかで熟していたものが そっと姿をあらわすような体験です。

私自身も、やるかやらないか決められず迷ってしまうとき、「必ず適切な答えが与えられるはず」と意図を持って、あえて問いを寝かせることがあります。すると数日後、 ふっと内側から答えが立ち上がってくる瞬間があります。誰かと対立してしまった場面でも同じです。「お互いにとって最良の方向が見つかるはず」と意図し、一度、間をおく。その静かな時間の中で、本当に新しい方向が見えてくることがあります。

この “あいだ” に生まれるもの。日本では昔から、それを「あわい」と呼んできました。「あわい」とは、二つのものが出会い、境界がやわらぐ場所。 内と外、現状と可能性、静と動。そのあいだにある、まだ形にならない領域のことです。日本人はこの「あわい」を、単なる空白ではなく、新しいものが芽生える可能性に満ちた場として扱ってきました。

大和言葉には、右でも左でもなく、どちらかに決めきれない 「あわい」の状態を示す言葉が多くあります。

たゆたう(ゆらぎながら進む)
ほころぶ(固さがほどけ、変化の兆しが見える)
そよぐ(静けさの中に、わずかな動きが生まれる)

これらの言葉に触れると、白黒を急いでつけようとしていた心が、ふっと緩み、「まだ決めなくていい」という静かな安心が生まれます。その安心の中で、 自分の内側の変化が静かに輪郭を持ちはじめ、焦りではなく、自然に立ち上がる選択が見えてくることがあります。

変化の時代には、強さか柔らかさか、スピードか熟考か、どちらかを選ぶことが求められているように見えます。でも実際には、その「あわい」に耳を澄まし、状況と対話しながら進む力こそが、複雑な環境で道をひらくリーダーシップにつながっていくのではないでしょうか。

「あわい」を日常に迎え入れたとき、どんな可能性が静かに芽生えてくるのでしょうか。焦って決めなくてもいい、と落ち着いたとき、どんな選択が見えてくるのでしょうか。スピードが求められる今だからこそ、「あわい」に耳を澄ませたときに開かれてくるものを、皆さんと共に探っていきたいと思っています。